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織田信長も口にした! 〜ポルトガル伝来の貴重な砂糖菓子
子供の頃、金平糖を「お星様みたいだ」と思っていた方は多いのではないでしょうか。私もまさにその一人。バレエ組曲『くるみ割り人形』の中でも特に『金平糖の踊り』
※
が好きでした。しかし、「何故、和菓子の金平糖が外国にもあるんだろう」と子供心に不思議に思ったものでした。
実は金平糖の元祖は安土桃山時代、ポルトガルから伝来した砂糖菓子コンフェイト。宣教師の贈答によりあの信長も口にしたそうで、ごく限られた人しか口にできない貴重な南蛮菓子だったのです。やがて製法が長崎から京都に伝わり日本でも作られるようになったようですが、この金平糖、今や故郷・ポルトガルでさえ昔ながらの製法で作る人はいないとか。しかし、なんと京都にはその技術と心が今も脈々と伝わっているのです。
※くるみ割り人形原作ではドラジェの精ですが、日本では金平糖と訳されたようです
たかが金平糖、されど金平糖 〜驚きの製法
緑寿庵清水さんの創業は弘化四年(1847)。この道46年の4代目・清水誠一さんを二月の寒い日に訪ねたのですが、工房に入るや額には汗がじんわり…。それもそのはず、室内の気温は43度もあり、夏場には50度にも達するそうです。
さて、金平糖は一粒約1センチ程ですが、この小さな一粒がどれ程の時間を経て作られるか皆さんご存知でしょうか?…なんと約2〜3週間もかかるそうです!
核となるのは0・5ミリ足らずの餅米を砕いたものですが、この「イラ粉」を100度以上の熱い大釜に入れ回転させ、グラニュー糖を溶かした蜜をかけては乾かす工程を何度も何度も繰り返すと、やがて3日目頃にイガが出始め、8日目頃にはほぼ均一にイガが出揃う。その後も毎日朝から晩まで蜜をかけては乾かし、やっと1センチ程の完成品になるのが15日前後というから本当に驚きです。
暖簾と格子戸の佇まいが印象的
最初は0.5ミリ大のイラ粉が3日程でイガが出始め、8日頃均一にイガが出る。完成には2〜3週間もかかる
この製法だけでも驚きですが、誠一さんは、これまで天然果汁を加えると砂糖は結晶しないとされてきた常識を覆し、今では桃や蜜柑、柚子、苺等々四季折々の果物の他、桜やトマトや丹波黒豆、濃茶や日本酒などあらゆる素材を使った金平糖で私たちを楽しませてくれています。
「たかが金平糖、されど金平糖でしょ?」とおっしゃるのもなるほどなぁと感じました。
店内には季節毎の商品やお祝い用の商品が並んでいます
四季折々の味が楽しめる小袋はあらゆる年代の方へのちょっとしたお土産にも最適です
ちょうど桃の節句の時期で、季節限定の桃あられの金平糖がありました<二月>
ひいな糖<二月> 小袋2個入り 1,260円
桜の金平糖<三月> 篭入り…735円/箱入り…1,575円
婚礼用 羽衣(はごろも) 2,100円
ボンボニエール 2,625円 (本店のみのお取り扱いです)
時間と愛情をかけて育む工程が家庭を築いていく姿に重なる為、おめでたい引き菓子として慶ばれています
4代目・清水誠一さん。お話をしながらも金平糖の声に耳を傾けていらっしゃいました
この日は桜の金平糖を作っていらっしゃいました
金平糖がものを言う? 〜音で固まり具合を知る
作業で一番のポイントをお聞きした所、意外なお答えでした。「音が大事。回転する釜の中をサラサラと流れる金平糖の音で固まり具合を感じるんです。」インタビューにきちんと受け答えして下さりながらもちゃんと片方の耳では金平糖の動きを感じている清水さん。天気、湿度、気温等、また数分ごとに固まり方が変わってしまう繊細な金平糖は、二週間かけ、あと1日で完成と思っていても、一瞬の油断で金平糖が割れたり溶けてしまったり、一晩中作業をしても一ミリも大きくならない事もあるといいます。「代々、『金平糖がものを言う』と言い、私が子供の頃は集中力が欠けるからと工房にも入らせてもらえなかったものです。」と懐かしいお話をしてくださいました。
親から子へ 〜未来への宿題をあえて残す京の老舗の心
ここ2,3年になりやっとこの仕事が天職だなと感じてきたという誠一さん。「釜を持つなら覚悟しろ」と言った先代の心がようやく分かってきたと言います。「今やったら何でもできる。そやけど、全部やり尽くしてしまったらアカンのです。」この仕事を継ぐ息子・泰博さんが、次の代の感性で新たな金平糖を作れるようにとの心遣い。良い意味での未来への宿題を次代に残す、これぞ、代々続く京都の老舗らしい気質だと感じました。
大きな釜はこの道に入る際に自分の身長などに合わせて作ってもらったもの。「釜を持つ」という事は「一生金平糖を作り続けていく」という覚悟を持つ事だそうです
釜の中を流れる音で固まり具合を聞き分ける誠一さん。固まり具合はお天気や湿度などで日々刻々と変化します
代々の想いの結晶・金平糖
5代目泰博さんは、野球でオールジャパンの一員に選ばれた程のスポーツマン。野球を続ける道もあったのですが、12年前、30歳の時に家業を継ぐ決意をされました。「継ぐのは簡単と思ったが、続ける事がこんなに大変とは思いませんでした。」炎天下を走る事など平気だった泰博さんですが、50度にもなる工房で一日中集中力を絶やさず金平糖がモノを言うのに耳を傾ける作業に疲れ果て、初日は何も食べられずお風呂も入らず寝たとのこと。蜜かけ10年、コテ入れ10年、一人前になるには20年かかるという道のりを歩き続けています。
誠一さんは「もう大分任せられます。」とおっしゃっていましたが、泰博さんは「まだ認めてもろうてないと実感してます。」と言います。一瞬釜から離れると必ずお父さんの手が加わっているのがわかるそうなのです。「だから100%自分がやったとまだ思えないんです。やっぱり横に居てくれるだけで安心します。」と父親の存在の大きさを語ってくれました。
そんな泰博さんは、「代々の想いの結晶がこの金平糖やと思うんです。」と、160年続く老舗の重みを感じつつ、父から、また先代達から課せられた宿題でもある自分の代の金平糖作りに挑戦されていて、日々、新たな味を研究中です。
この取材以後、私の金平糖を食べるスピードがゆっくりになりました。これだけの職人さんの想いと歴史と作業を知ると、いただく側もちゃんと味わおうと、皆さんもきっと自然にそうなると思いますよ。
4代目清水誠一さん(右)と5代目泰博さん(左)
金平糖を「作る」というより「育てる」という言葉の方がぴったりきます
金平糖を店に出す時は、お二人とも娘がお嫁に行くような気がするそうです
店先に飾られた初代の釜は江戸幕末の貴重な逸品
5代目泰博さんも金平糖の声に耳を傾けながら、黙々と釜に向かっていらっしゃいました
( ライター:高橋知子 )
※この記事の情報は公開時( 2006-03-07 )のものです。
緑寿庵清水
京都市左京区吉田泉殿町38番地の2
TEL : 075-771-0755
http://www.konpeito.co.jp/
京阪出町柳駅2番出口より徒歩約5分
市バス百万遍停留所よりすぐ
3台
10:00〜17:00
水曜日
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